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ある仕事でオードリー・ヘップバーンのことを書こうと思い、その資料として『オードリー・ヘップバーンという生き方』という本を読んだのですが、この本も彼女の人生も、ことのほか魅力的で面白かった。そもそも知らなかったのですが、オランダ人の母から生まれたヘップバーンは、あの第二次世界大戦のとき、ドイツ占領下のオランダに住んでいて、ナチスへのレジスタンス活動を手伝っていたんですね。彼女は、あの「アンネの日記」のアンネ・フランクについてもこんな言葉を残しています。
《アンネ・フランクとわたしは同じ年に生まれ、同じ国に住み、同じ戦争を体験しました。彼女は家のなかに閉じこもり、わたしは外出できたということだけが違っていました。アンネの日記を読むことは、わたし自身の体験をアンネの観点から読むことに似ていました。はじめて日記を読んだとき、わたしの胸は引き裂かれました》
このように彼女の人生は、苦労から始まります。そして美貌の代名詞のようなヘップバーンですが、彼女は自身のルックスにコンプレックスも抱いていました。時は、マリリン・モンローに代表されるグラマラスな女性がもてはやされる時代だったのです。
《こんなに胸がぺちゃんこじゃなければいいし、こんなにとがった肩や、大きな足や、大きな鼻をしていなければいいと思います。でも実際には、神様からいただいたものに感謝しています。これでかなりうまくやっていますから》
彼女は、晩年、ユニセフの親善大使を務めて、その影響力の大きさから「デザイナージーンズを履いたマザー・テレサ」とも呼ばれるようになりました。そして1992年、体調不良を訴えて検査したところ末期の大腸ガンと診断されるのですが、そこで彼女はこう言ったそうです。
《自分の命のことは自分で決める権利があると思います。ずるずる引き延ばされるのは望みません》
こうして自らの死期を自ら決してヘップバーンは、最後のクリスマスに、二人の息子を前に詩を読み上げます。これが、ヘップバーンが終世愛した詩として大変有名なサム・レヴェンソンというアメリカの詩人が、彼の孫たちに宛てた書簡形式の詩集『時の試練をへた人生の知恵』のこんな一節です。
《魅力的な唇になるために、やさしい言葉を話しなさい。
愛らしい目をもつために、人のよいところを探しなさい。
おなかをすかせた人に食べ物を分けてあげれば、身体はほっそりとするわ》
ヘップバーン、実に芯が強い女性です。あの美しさは、内面から出ているものなだなと感じることができる一冊でした。(writer/おかべたかし)

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